2019年02月08日

【映画】放浪の画家ピロスマニ

放浪の画家ピロスマニ

https://eiga.com/movie/48484/

人物の無表情さ、行動の無機質さ、平面的な構図。記号的に容赦なく進む物語。
大きく心動かされることはなかった。ただただ淡々とした映像を淡々と見るだけ。
物語の進行も雑。とにかく出来事だけを大雑把につなぎ合わせただけに思える。
おおよそ写実的でない構図や鮮やかな色彩は、まったくもって現実感に欠ける。
ただ、いちいち美しい。だがそれも、時折出てくる、おそらく本物であろう絵に完全に負ける。
ピロスマニという画家の半生を、意図的に絵画的な映像で綴った、記録のような映画に感じた。

ただ不思議と、見続けることはできる。むしろ、心地よい。
二度目三度目の、物語の理解に余計な思考を巡らせなくてよい時の方が、安心して作品の世界に浸ることができた。
英雄染みたエピソードがない。葛藤も絶望も押しつけがましくない。
場面と場面の間の説明が少なくどんどん進む、小気味良い。
余計なもの一切を排除し、潔く好感が持てる。

そして時折、実物の絵が映し出される、その数秒間のクライマックス。
その数秒間で、自分の頭では処理しきれない、あふれんばかりの整理されていない情報が流れ込んでくる。
そしてそれを利用すること、頼ることを、それを見せることを、ちゃんと目的としているように感じた。
一回目の鑑賞ではこれを肯定的にとらえることはできなかったけれど、繰り返すうちにどんどん好きになった。
偶然じゃないのか、とも思った。突然本物を出して、ひいき目に見ても、そこに異物感がある。
ただ、全体を執拗に平らに描ききったがために、絵が異物感そのままに映画に適切に納まった。
そのために作られた映画なのではないか、とすら思いはじめた。

この作品から衝撃を受けることはなかった。
それどころか、緊張、興奮する瞬間もなければ、なぜかと反芻してしまうような人の行動や在り方もない。

ただ、孤独というものは、描き方によっては、こうも美しく、心地よくなるものなのかと、思った。
この映画には、やわらかでたよりない救いがある。
それは、視覚的な美しさからくるもので、それが圧倒的であるところに、この映画の凄みがある。
何度か観て、そう思った。


posted by みなみで at 07:36| 大阪 ☀| Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月15日

【映画】ロブスター

映画を見た。「ロブスター」ヨルゴス・ランティモス監督
http://www.finefilms.co.jp/lobster/

ぶっちぎりの独特の世界。唯一無二の味わいだけでも、見応えはある。
ただ、あまりに息苦しく、二度三度は観たくない。

終始閉塞感に支配される。映像と音楽の美しさが辛うじて目と耳を楽しませてくれる。ホラー映画のようなグロテスクな表現を楽しめるのなら、そこも一つの見どころなのかもしれない。どこか小馬鹿にしたような奇妙な設定を理解できた瞬間に爽快感もある。設定を活かした皮肉たっぷりの笑いは箸休めになり、苦しい時間が続く映画の鑑賞を助けてくれる。ただそれらはすべて、この映画を支配する閉塞感の中でこそ際立つ息抜きであって、総じて言えば、楽しさの欠片もない映画だ。真面目で上質だが世界観は悪ふざけとしか思えない位無茶苦茶で、よくもまぁこんなものに人と資材とお金を突っ込むことができたもんだと、感心するほど。

独身者を犯罪者として隔離してパートナー探しを促し失敗すると動物になるというルール、野良独身たちの集団生活、独身者狩り、洗脳や裏切りなど、描かれるエピソードのひとつひとつが、いちいち社会の画一化や差別、他者の排除、戦争、恋愛、孤独などなど、世の様々な事柄に対する問題提起ととれる。暗喩というにはとても直接的。整理された説明もときおり入るが、点でしか入ってこない情報も多く、何を表しているのかを探る頭の体操のような鑑賞。知的好奇心を満たしてはくれる。ただそれは、頭の中で処理されるのみで、どうも興奮しない。禅問答のようなやりとりが映画と自分の間で繰り広げられる。では、二度三度見たくないと思わせる息苦しさはなんなのか。

人は、何かに属さなければ生きていけない、そして属する以上は半ば盲目的にその組織のルールに縛られる。ルールは頑丈で、きっと、その組織を守る歴史の中で積み上げられた必要で、変えることはできない。飛び出したところで、その先もまた、形は違えど似た世界が待っている。あるいは完全な孤独。そういったがんじがらめの絶望が、観るに堪えなかった。いやそれはそれだけ、映画としては、良かったということなのかもしれない。無茶苦茶な設定ではあるが、反論の余地がないように思えた。まさに今自分が、そしてきっと多くの人が置かれている現実。映画の中に突破するヒントはないように思えた。世界は緩く傾き続けるのを茫然と眺める。抗いようがない。そして傾き続けると思ってはいるが、それは悠久の人類の歴史の中で傾き続けていいて、命あるかぎり倒れることはない。ならば、どう抗うか、その速度をどうゆっくりにするか、ではなく、その中でどう生きるかを考えた方が良い。とても不本意だが、そうしかないのだよと、示されている気分になる。嘘でもいい、わずかでも希望が見たいと思った。

最後の目をつぶす場面は、作戦が透けて見えてしまって、少し残念な気分にはなったが、一方、このつかみどころのない映画が、どこか、普通の手法に着地したようで、ほっとした。そして、盲目の二人のこれからを想像すると、まさに文字通り盲目的に幸せになるのかもしれないと思えた。それは個人としては希望かもしれないが俯瞰ではまったくそうではない。どこか自分に重なり、重たい。だから、もう、観たくないのだ。
posted by みなみで at 16:16| 大阪 ☀| Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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